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更新履歴、拍手の返信、時に明星について鬱陶しいほど語ってみる
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 というわけで、とうとうやってみた創作水滸の小話投下。
 しかしのっけからいつもの簾屋式水滸じゃねぇという罠。
 しかもいきなり中編級の長さだという罠。
 どういう事なの。


 そんなこんなで、今日から大体四日連続でいつもの簾屋式水滸の設定とはまるで違う創作水滸の小話を投下していきますよ。
 よし付き合ってやろうじゃねぇか、という方は下記リンクテキストより先へお進みください。

§



 また来る、婆惜。


 いつもならある別れの言葉のなかった事が、何とも言えず癪だった。
 あたしはふて寝のふりをやめると起き上がり、握り拳で布団の隣半分、まだ生温さの残るそこをボフッと一発ぶん殴る。掛け布団が中途半端にめくれ上がったそこは、今まさにこの家を出ていくあたしの「旦那様」がついさっきまで寝ていたとこだった。
 ああもう、腹が立つったらありゃしない。抱かないだけならまだしも人の足の方を枕にして、挙句無言でコソコソ出ていく? 何なのあの黒三は!
 見えないあいつを蹴転がす、そんな勢いであたしは布団をはねのけ寝台を下りた。
 こういう時は二度寝するに限るんだけど、あたしはゆうべ、着替えもせずに寝てしまった。あいつとのギスギスした空気のせいだ。おかげでお気に入りの裙子がしわだらけ。これも全部黒三のせいよ。
 幸い窓の外はまだ暗いし、まだ寝ててもおかしくない時間。起きるのが遅くなったって、おっ母さんの事だ、「ゆうべはお盛んだったんだねぇ」と勝手に勘違いしてくれる。
 さっさと着物を脱いで、さっさと寝直そう。口の中でブツブツと黒三への文句を転がしながら、裙子の帯をほどこうとして――

 不意に視界の隅に入った紫色。

 何かと思って見やれば、それは寝台の手すりにかけられた帯だった。黒三の奴、忘れてったの? 馬っ鹿ねぇと小さく吐き捨てて手に取る。縫いつけられた書類袋がブラリと垂れ下がった。その手応えが、少し重い。
 え? 何? まさか銀? 思わず中を開けて見てみれば……重い手応えの正体は、護身用の匕首だった。
 なぁんだ。安堵と落胆がおんなじくらいに入り混じった呟きを漏らすあたしは、匕首と一緒になって入っている手紙を見つけた。
 一瞬硬直した。


 ……まさか、恋文?


 え? 待って待って待って?
 あんな黒くて丸くて風采の上がらない野暮天に惚れるような物好きがいるの?

 人の手紙だから、という遠慮など放り捨てて、あたしは黒三宛の手紙を読んでいた。
 ……結論から言えば、恋文じゃなかった。
 もっと厄介で面倒なものだった。
 少し読みづらくも力強い堂々とした筆運びで書かれた文の中には、生辰綱やら東渓村やら梁山泊やらの文字がちらほらと登場。賢弟という単語と感謝の言葉がよく出るなぁと思ったら、末尾に今をときめく賊の首魁の署名が。
 托塔天王晁蓋。
 ああそういえば、鄆城きっての好漢と黒三は義兄弟の契りを結んでたんだっけ。まるで他人事のように思い出しつつ、組んだ足の上に頬杖を突いた。

「……どうしよう、これ」

 苦虫を噛み潰した表情をするあたしから、眠気はとっくの昔に逃げ去っていた。





夢見たっていいじゃない

‐1‐





 あたしたち一家が生まれ育った東京を離れたのは、もう二年くらい前の事。
 きっかけは、どうという事はないと言うかしょうもないと言うか情けないと言うか。お父っつぁんが人にお金を騙し取られたのだ。
 色街生まれの色街育ち。若い頃は幇間もしていて色んなお大尽に舌先三寸で媚びへつらって取り入ったというお父っつぁんは、いかにも育ちの良さそうな――いや、育ちしか良くなさそうな色男の口車に乗せられて、蓄えのほとんどを取られてしまった。
 あとで聞いたら、そいつはあの高太尉のお兄さんの奥さんの従兄のお姑さんの実家の三男坊とかで、まとめればこの頃東京で増えていた高太尉の威光を笠に着る阿呆の一人だったらしい。
 口八丁手八丁だけが取り得のお父っつぁんが口八丁手八丁で騙された。三日三晩家の中で頭を抱えて悶絶したお父っつぁんが東京を出ようとか言い出した時、あたしは驚くよりも呆れた。くどくどとした言い訳をざっくり要約すれば、笑いものになりたくないからなのだ。くっだらない。
 かくしてあたしたちは都落ちし、目指したのは山東の済州。
 何で山東?
 何で済州?
 おっ母さん曰く、お父っつぁんの古い友達が山東にいるから――らしい。
 胡散臭い。
 実に胡散臭い。
 お父っつぁんの、古い、友達? どこをどうつつけばそれを頼ろうという気持ちが湧いてくるのかまるで解らなかった。お父っつぁんの言う事をあてにしてたら馬鹿を見る。
 馬鹿を見た。
「済州に住むお父っつぁんの古い友達」はどこにもいなかった。死んだのか引っ越したのか、どっちにしろあたしたちは行くあてがなくなった。
 自棄っぱちになったお父っつぁんの酒の量が増えた。
 旅の途中だっていうのに、大して道も稼がないまま街道端の酒店で休んで飲んだくれてそのまま寝ちまう始末。元々乏しかった路銀はあっという間に底を尽き、あたしは仕方なく宿代稼ぎで酒楼で小唄を披露、おっ母さんはその土地の物持ちのお情けにすがった。
 そうやって散々うろつき回った済州の、最後の最後に行き着いた鄆城県で、お父っつぁんは病に倒れた。そして拍子抜けするほど呆気なく死んだ。
 涙も出なかった。
 代わりに途方に暮れた。あたしたちにはお金がなかった。お棺代も出せない。しょうもないお父っつぁんだったけど、死体を野ざらしになんて出来るわけがなかった。
 どうにかしたくもどうにも出来ない、そうやってただポカンとしているしかなかった時に、あたしとおっ母さんはあいつに出会った。

 黒三こと、鄆城の押司の宋江様。

 あいつはあたしたちの話を聞くと自分の事のように悲しんで、私に任せてくれと胸を叩いた。そうして押司らしくてきぱきと采配し、お棺を手配し、葬式の段取りを整え、埋葬の手続きまでやってくれた。
 あいつのおかげで、あたしたちは何とかお父っつぁんのお弔いを出せた。


 ……で、問題はここから。


 お棺を用意するにも葬式をやるにも結構なお金がかかる。
 そのお金をあたしたちに代わってポンと出してくれたあいつに、おっ母さんは目をつけた。取り持ちの得意な隣の王婆さんに話を持ちかけ、あっという間にあたしをあいつの妾にする話がまとまってしまった。
 お父っつぁんがいなくなってしまって、慣れない土地で生きていくのは大変で。だからあたしをあいつの妾にして、あたしともども自分の面倒を見てもらおう、というのがおっ母さんの本音。物の見事におっ母さんだけが得する話である。

 だってあたしも黒三も、妾になる事、妾を囲う事にまるで乗り気じゃなかったから。

 黒三はいわゆる好漢という奴で、あたしたちみたいな困った人をよく助けるところから及時雨なんて綽名を貰っていた。
 黒三の興味は、人助けや、東渓村の晁保正や都頭の朱仝の旦那、雷横の旦那みたいな好漢と親しく付き合う事に集中していて、奥さんを貰ったり妾を囲ったり、なんて事にはこれっぽっちも興味を持っていなかったのだ。
 一方のあたしは、黒三があたしを見てもニコリともしないのにむかっ腹を立てていた。
 自分で言うのもなんだけど、あたしは結構な美人だ。町を歩けば大体の男があたしを振り返るし、東京にいた頃は知り合いの妓楼の旦那にうちに来れば売れっ子になれると言われた事もある。
 そのあたしと向き合っているのに、笑うどころか逆にムスッとする黒三。背が小さくて、色が黒くて、何でかちょっと丸くて、でもって愛想もなけりゃ野暮な黒三に、あたしは最初の頃、どうしてもイライラを抑えられなかった。
 でも、だからと言ってどうしようもない。
 おっ母さんの「私ら母子を助けると思って」なんていう白々しい泣き落としに黒三は引っかかり、話がまとまったならあたしはそれに従わなけりゃならない。あたしはそうやって野暮ったい黒三の妾になり、あいつが借りてくれたちょっと小ざっぱりとしたこの家に移り住んだ。
 ――これが、今から一年ちょっと前の事。
 あたしはこの時ギリギリ十八歳で(この何日かあとに十九になった)、黒三は二十八だか九だったか。年齢差十歳の旦那と妾なんて特に珍しくもないけど、大して懐が暖かいわけでもない小役人が下宿とは別に家を借りて妾を囲う、っていうのはちょっと変な話だった。
 ……そう。
 お父っつぁんの葬式代をポンと出してくれた黒三。
 それを見たおっ母さんは「この押司様はいい金づるだ」と思い、まあそれも無理はない事なんだろうけど――

 実は……黒三は、お金持ちでも何でもなかった。

 押司みたいないわゆる「胥吏」って連中の収入は賄賂。手間賃、って言った方がいいかしら。要するに、お役所で何か手続きしてもらう時に下っ端役人に払うお金だ。
 こいつを払わなきゃ、下っ端役人たちはあたしたち庶民の頼みなんか聞いちゃくれない。
 でも、ちゃんと払えばいくらでも便宜を図ってくれる。
 この手間賃、別に額が決まってるわけじゃないのだ。相場は一応あるらしいけど、それはあくまで目安であって、良心的な価格を提示する役人もいれば、こちらが強く出られないのをいい事に目玉が飛び出すような大金を要求してくる奴もいる。
 黒三は、前者の中でも特に正気を疑うほど、良心的なのだ。
 つまり、良心的な役人たちより更に安い手間賃を要求する。
 それどころか、時々無償で頼みを聞いてやる事も。
 まさに及時雨。おっ母さんの落胆たるや目も当てられなかった。そりゃそうよ。せっかくの金づるが、実はろくに金も稼がない馬鹿だったんだから。
 しかも王婆さん情報によれば、役人になる時に家族と揉めたとかで、黒三は実家から絶縁を申し渡されている。多少の土地を持つ小金持ちらしい宋家村の実家の援助は、期待しない方がいいらしい。
 それを知った時、おっ母さんはマジで三日寝込んだ。
 しかし寝込んで三日後、黒三の下役の張三――色男の張文遠が代理とかで見舞いに来て、あたしに手土産だと綺麗なかんざしを差し出したのを見て、おっ母さんの体調は劇的に回復した。
 もっといい金づるを見つけた。そういう顔をしていた。
 というわけでおっ母さんは張三がうちに入り浸るのを黙認し、町にはあたしが野暮で冴えない黒三に見切りをつけて色男の張文遠に乗り換えた、という噂が流れた。
 あたしを囲った当初は三日に一度の頻度でうちに来ていた黒三の足は遠退き、今じゃ半月に一度来ればいい方。張三という金づるを確保しておきながら黒三からも搾り取りたいおっ母さんによって時々無理矢理ここに連れてこられるけれど、そういう時のあいつは普段のおっとりと穏やかな気質とは打って変わって頑なに不機嫌だ。むっつり顔でいられちゃこっちも愛想を振る気になれない。
 自然、あたしたちは交わす言葉を少なくし、お互い一言も喋らないという事も珍しくなくなって――

 床こそ同じにすれど一度も抱かれぬまま、あたしたちの関係はほとんど破綻していた。



 ……で、そんな時に舞い込んできたこの手紙である。
 はてどうしたものやら。頬杖を突いたまま首を捻るあたし。
 手紙の主の晁保正がどんな人か、一応あたしは知っている。
 好漢のお手本のような人。武芸が好きで、女の事には淡白で、情に厚い義侠の人。そんな人が私と義兄弟の契りを結んでくれたのだ――いつかの夜に、黒三はそう嬉しそうに誇らしそうに語っていた。
 手紙の内容を大雑把に要約すれば、危機を知らせてくれた黒三に対する感謝だった。
 どうやら、北京の留主サマが都の蔡太師に贈った生辰綱、それを奪った晁保正たちを捕らえるべく済州から派遣された役人を足止めし、東門外の東渓村まで走って「早く逃げろ」と伝えたのは――あの黒三のようだ。

 そしてそのお礼に金百両を送る、とな。

 金百両。
 あたしはその単語を凝視する。
 書類袋にそんなのは入ってなかった。入ってれば分かる。もっとズッシリ重いはずだから。となると――
 思い至ってあたしはクツクツと笑う。さっきの苛立ちはどこへやら、少し愉快な気分だった。
 さて。
 それはそれとして、この手紙、どうしよう?
「そのまんま返す……わけにはいかないわよねぇ」
 当たり前だ。こんなとんでもない事が書かれている手紙である。せっかくだから有効活用したい。
 これは、きっと好機だ。
 千載一遇の、好機なのだ。
 だが、それをどう活かすか――


 その時、あたしの頭の中で閃くものがあった。


 これだ。
 これしかない。
 そう思った時、バタンッ! 階下から聞こえる戸を勢いよく開けた音。まぁ押司様もう戻ってらっしゃるなんて、だから言ったじゃありませんかもっとゆっくりしてけって。おっ母さんの猫撫で声は、婆惜は、という切羽詰まった声で遮られた。まだ二階だというおっ母さんの答えのあと、大慌てで激しくけたたましい音が一階から二階へと上がってくる。
 そして、

「婆惜っ!」

 部屋の戸が開けられ、衝立の向こうから息を切らせたあいつが姿を見せた。


§


 何故か閻婆惜が主人公。
 何故か婆惜ちゃんの一人称視点。
 何でこうなったかと言えば、書きたかったからとしか言えねぇ。

 さて駆け込んできたあいつとは一体誰の事なのか。それは次回で。
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